シュンベツ川カムイエクウチカウシ沢左股沢右沢

 

札内川八の沢〜カムエク西尾根〜シュンベツ川カムイエクウチカウシ沢左股沢右沢
〜カムエク〜札内川八の沢(遡行図)


2006年8月12〜15日

L金澤弘明 大原成雄


 

 カムエク沢はルベツネ北面、中の岳南東面とならび日高で最も難しい沢とされている。
 幾つか目にした過去の記録はいずれも雪渓と大滝の厳しい突破を報告し、
日高第二の高峰カムエクの頂上にダイレクトに抜ける沢として
一様にその困難さと遡行の充実を伝えている。
 創造的なこの沢の遡行に惹かれ、日高の沢を志すものとして、
私の大きな目標であったことを白状しなければなるまい。

 

8月12日

 通行止めだった道々静内中札内線は12日、終点駐車場まで入れるようになり、
到着した時には駐車場はすでに満車状態だった。
 今回はアプローチに自転車を使うことはやめ林道歩きだ。
 途中、雨宿りしたりしながら歩き、七の沢出合いの砂場にテントを張る。
 早速焚き火を熾し入山祝いに一杯ひっかける。

 

 ゲート前駐車場17051830七の沢出合いC

 


 

8月13日

朝、水量少ない札内川本流の河原を淡々と歩き八の沢出合いへ。
 さほどの休憩も取らず八の沢の遡行にかかる。
 ほぼ一年振りの沢歩きとなる成ちゃんの慣らしも兼ねて、
三股から上は敢えて巻き道を使わず、連滝を直登していく。
 難しいものはない、と言って気を抜けるものもなく、
夏らしい青空の下、適度な緊張感で爽快に登って行く。
 カールで大休止したあと、西尾根の下降に備えしっかり水を持ち、頂上に向かう。

コルに上がる頃から少し雲が広がってくるがまだ視界は利いていて、
P1823
北西面に3つの大きな雪渓が残っているのが良く見える。
 八の沢にも
C850から三股まで、昨年とほぼ同規模の大きな雪渓が残り、
カムエク沢の遡行に不安を掻き立てる。

カムエク頂上はあいにく雲の中。
 沢を見下ろすが左沢、右沢ともほとんど見えず、
ただ恐ろしいまでの詰めの急斜面が見えるのみ。
 雲の切れ間に見える南西稜と西尾根のJPを確認し下降に入る。
 JPから見下ろす西尾根は細く痩せ、すごい傾斜でガスの中に消えていく。


ハイマツの背丈はそれほど高いわけではないがとにかく濃密で、
枝の上を渡って行くように歩く。
 踏み外すと這い出るのに一苦労だ。
 C
1720は傾斜が緩く、露岩が出ていてこの尾根で唯一、薮が切れている。
 ふつう沢の源頭斜面を薮漕ぎで下降しても
1時間で300m位は落とせるものだが、
西尾根のハイマツはそんな経験を吹き飛ばしてしまうほど厳しいものだった。
 絶対に登り返したくない尾根だ。
 ここで一休みしていると雨が降り出し雨具を着る。

視界の無い中、C1700からの下降は難しい。
 丸い斜面から
78本の小尾根が集中して派生しているからだ。
 慎重に方角を定め下降を再開する。
 視界は
4050m位しかない。
 
30mほど降りたところで、
どうも
3本の尾根状の真中に乗っている気がしたので立ち止まる。
 コンパスは「正しい」と言っているのだが、
私のカンが「違っていないか?」と囁きかける。
 雨足も強まり、もし間違った尾根に乗っているとしたら、
これ以上降りるわけにいかない。
 西尾根を登り返すのは論外としても、
50mを登り返すのに1時間位もかかりそうな猛烈な薮尾根なのだ。
 「少し待とう」という成ちゃんの進言は正しいのだが、
既に午後4時に近く、この状況で明るいうちに沢床まで下りきれるのだろうか?
 いや、それより、このまま雨が降り続いたら遡行ができないのでは?
 今乗っている尾根は本当に正しいのか?
 迷いに迷う。
 「座って休んだら」の声に背を向けダケカンバの大枝に立ち、
雨の向こうに目を凝らしていると、一瞬ながら少し先まで見ることができた。
 恐らく正しい尾根筋は一本右と判断する。
 それでも確信はないのだが、成ちゃんの
「リーダーのお前を信じるよ、間違ってたらビバークしよう」
・・・うれしかったねえ。

右の尾根に移動し薮漕ぎ下降を続けると次第に尾根は明瞭になり、
1570付近からしっかりした鹿道があらわれた。
 あとはC
1361まで一本道、カンと読みは正しかった。
 C
1361は広く、ちょっとした鹿の集会所の様相。
 方角を確認し藪斜面を下る。
 かなり下っても沢形が出てこず、
不安になるがコンパスは相変わらず正しい斜面だと言っている。
 せめてもう少し視界があれば・・・。
 沢形を求め微妙に軌道修正しながら下るとようやく小さなガレ沢になり一安心。
 左の斜面を一頭の斥候鹿が警戒の鳴声をあげながらしばらく一緒に下降してきた。

この枝沢は最後まで小さなガレ沢で、左股沢の沢床の岩盤に降り立つ。
 ようやく雨も止み、テン場を求めさらに沢を5分ほど下降すると、
左岸に小さな堆積地があり、流木も豊富でここを今日のねぐらとする。
 薪は濡れているが、メタ1本で着火に成功。
 濡れ物を乾かしながら明日の遡行に思いを巡らす。

 


この時点で、我々は左股沢のC930に降りてきた、と思っていたが、
過去の遡行記録と合わず、不思議に思っていた。
 下山後、改めて検証してみると一つ西に外れた小沢を下降したらしく、
実際にはC
880m附近の沢床に降り立ったようだ。
 テン場はC
850附近だったのではないかと思われる。
 このテン場の
100mほど先から沢は河原となり開けているので、
この沢の核心部分のほぼ入り口ということになるだろう。

 

C1発05450700八の沢出合−1020八の沢カール10451220カムエクP
165013611810左股沢C850附近(?)C2

 


8月14日

出発してすぐに岩盤の沢の中に小さな滝が続けて現れる。
 いずれも釜持ちで小さく巻き気味にヘつっていく。
 
890m出合で5m滝の左岸を小巻し、
7mの右岸をへつると沢はいよいよ狭い函状になってくる。
 
10m位続く淵の先に5mの滝がありこれは左岸をしぶとくへつる。
 
970m二股に最初のスノーブリッジがあり、
1030二股の右屈曲点まで直登とヘつり、小巻と続き息を抜く暇がない。


1070はゴルジュ状になっていて中には4mほどのCS滝がある。
 中を強引に突破した記録もあるのだが、我々中年にはそんな元気はありそうにない。
 ここの右岸を巻いた記録では、
顕著なルンゼと
1732からの沢を横断する大高巻になって時間がかかりすぎるだろう。
 左岸を巻くことにして取付くが、目星をつけた潅木のバンドは急峻すぎて行き詰まってしまう。
 ルートを求め右往左往するが結局は目処が立たず、
ここではじめてロープを出し強行突破することにする。
 露岩のスラブをトラバースし、枝が下向きでべらぼうに悪い垂直の木登りをし、
ロープを
45m伸ばすとようやく樹林帯に入ることができた。
 沢床から
80mは上がったろうか。
 
12mハング滝の落ち口に降り立つ。
 続く
10mハング滝を直登すると沢はやや開け、
陽のあたる岸でようやく一休みすることができた。
 ここまで、時間の割に標高が上がっていない。

 

1150m右屈曲点の先は大きな雪渓になっていて、この沢の核心部、1189m二股だ。
 左股は
280m以上ありそうな大滝となっていて
その下段
60mは雪渓の下に落ち込んでいてものすごい迫力だ。
 通常カムエク沢というとこの左沢を指し、この大滝の突破が最大の核心なのだが、
我々はより上部まで滝が続く右沢を登路にすることにする。
 右沢の先にはさらに
23つの悪相の雪渓が沢を埋めているが、
いま乗っている雪渓の周囲はシュルンドが口をあけ降りられそうな所がない。
 これしかない、と雪渓にボラードを切って懸垂で降りることにする。
 「降りたらもう戻れない」というプレッシャーは相当なものだ。
 壊れたブロック状の雪渓を越え、
7m滝の上には次の雪渓。
 これは雪渓の途中から左岸の岩を登り巻いて通過する。
 この上にスノーブリッジがあって、
これは右岸の接点が
5060cm位しかない1点で支えられたとんでもないしろもので、
沢床も小滝状になっていて下を行くのは危険すぎる。
 左岸から上に出てみると左岸側の奥行きは
50m位あり、スノーブリッジというより三角形の雪渓で、
右岸は先ほどのただ
1点のみで対岸にささえられていることがわかる。
そして右岸のその脇から目指す右沢の多段大滝が落ちている。
 雪渓の上流側は三方が急峻でザレた岩壁に囲まれトラバースは難しいだろう。
 空中高く浮いた雪渓の上ですっかり行き詰まってしまった。

とりあえず雪渓の先の右岸近くまで見に行くと、確かにその先端は細く幅は70cm位しかないだろう。
 厚さが
50cm位しかないことは先程下から見て確認していた。
 でもなぜだろう?
 不思議と崩壊するような気がしない、そのままスタスタと渡りきってしまった。
 成ちゃんはロープを出そうと思っていたらしい。
 渡り終えた後
「崩壊したら確保しても意味無いだろう」
というと
「いや、確保するんじゃなくて探さなく済むだろう」ってさ、
「お前は狂ってるよ」
とも、
う〜ん、冷静なつもりなんだけどなあ。

 

右岸、大滝脇のテラスで再びロープをつけ、岩のバンドを右上しハーケン1本打つ。
 次いで左に草付きバンドを大きくトラバースしていく。
 ロープいっぱい、
50m伸ばしたところで2段目の中間高さの潅木帯に出る。
 この上のナメ滝は直登できそうだが、沢身に降りるのは面倒なので、
そのまま
3段目25mの落ち口まで巻き続ける。
 この上は狭い
V字状の岩溝の中に310ほどの滝が続き、
これらを直登していくと
1520m二股に出る。目指す左股は大きな多段ナメ滝になっている。
 これを右から越えると核心部は終了し、ややモロい小滝の連続となる。
 
1670m二股を左にはいり、C1750で最終水場となって大休止をとる。
 この上はスラブ状小滝が点在する源流風景となるが傾斜は見上げるほどに強い。
 北西稜の岩尾根が左上に近付くとハイマツの藪漕ぎとなる。
 ハイマツは大きくないし、また濃くもないのだがとにかく急な斜面で、
部分的には冗談ではなく垂直のハイマツ登りとなる。
 頂上直下に壊れた測量櫓の残骸が見え、頂上の
10m手前で北西稜に出る。
 少し遅れて登って来る成ちゃんを待ち、二人手を繋いで最高点へ。
「え〜い、畜生!登っちまったぜ!」

 今日も頂上は雲の中。
 そういえば、今年の日高の頂上は全て雲の中だったなあ。
 がっちりとお決まりの握手のあと、アリバイ写真もとらずにさっさと下山にかかる。
 八の沢カールまで
1時間弱。
 足を前に出すだけで下れるってのは楽なもんだ。
 カールには先着者のテントが4張りあった。
 焚き火は無いがカムエク沢源流の水で割った酒が美味かったことは言うまでもあるまい。

 

C2発06301700カムエクP1800八の沢カールC3

 


8月15日

 ああ、これでもう書くことも無くなった。
 天候はくだり坂、朝飯は下で食うことにして八の沢を下りはじめたのだった。

 

C3発06300905八の沢出合−1045七の沢出合−1130ゲート前駐車場

 

参考グレード カムイエクウチカウシ沢左股沢右沢 5級下〜5級、八の沢(滝を直登して)2級下

 


 カムエク沢の難しさは「急峻」という点に尽きるのではないだろうか。
 側壁は高く険しく、高巻きに入ってもなかなかトラバースに移れず、
さらに高い所まで追い出されそうになってしまう。
 直登もへつりも難しいものが多いが、ひとつひとつの難所はそう長くは無いので、
できるだけ低く巻くことを意識し、頑張るべき所はロープを出してでも直登すべきだ。
 そのためには確かな登攀力とルートファインディング力が要求されるのだろう。
 難しかった、厳しかった、
かなりモチベーションを使ってしまったので次の沢旅まで、しばらく休むことにしようと思う。

 

 (金澤弘明)