南日高・中の岳(中の岳の沢)

 

中の川南東面直登沢(中の岳の沢)〜中の岳〜ニシュオマナイ川南面直登沢下降

20088月13〜17

金澤弘明 田中規雄 栗山靖人

 

13日、荻伏駅で合流。田中は絶不調、完全に死んでいる。元浦川林道ゲートに下山用車両をデポし、翠明橋Pに移動し栗山車のなかで前泊。駐車場に着くなり田中が吐きに走る。9時頃になってようやく復活の兆し、どこでそんなに飲んだんだよ?

夕方から小雨となり天気予報も悪かったので遡行に不安を感じる。

 

14日朝、小雨降って天気は良くない。ぺテガリB沢登ってA沢下って、中の岳北西面からニシュオマナイに下山に計画変更する、という事に話がほぼまとまる。周辺の予備地図を忘れてきてしまっていたが、持っていた地図を繋ぎあわせるとほぼ行程はカバーしている、何とかなる。ただ、せっかくここまで来たんだから、来年のために中の川の林道状況確認と、川の様子だけでも見てくるか、と峠を越える。

中の川林道通行止め地点で空を見上げると雲も薄く、いい感じ。もし予報通り天気が悪化したら奥二股からソエマツ西峰直登か神威岳北東面にエスケープすることにして、入山しようということになる。「他の沢ならこんなに神経質になることもないのになあ。しまった、入山することになるんだったらコンビニに寄って来るんだった」。

 

入渓地のC340まで約2時間半、5の沢から先の林道はすでに林道「跡」で踏跡状態。中の川の河原を淡々と進み、S字峡は左岸、本流三股は右岸の巻道を使うが、どちらも想像していたのとは違ってなんてことはない。466二股では増水が心配だったので河原にテン張るのは止め、本流左岸のテラス上をテン場とする。田中が鋸を持ってきており大いに助かる。1日先行するA氏パーティーの焚き火跡を再利用させていただく。夕方から夜半まで小雨。

 

0820 発−1045 入渓地点−1335 本流三股−1415 中の岳沢出合

 

15日、朝、起きると何となく天気は持ちそう、行かないと後悔する。「どうか本降りにはなりませんように」と祈りながら出発する。地形図「中の岳の沢」の「沢」の字はC610付近。ここまでにも24m程の滝と淵が出てきてしっかり水に浸かる。幸い水は冷たくはない。小巻も1回、滑り落ちそうな流木の木渡りもある。「なにが「『沢』の字まで問題ない」んだよ!

核心部に入り最初のゴルジュ内、3m位の滝はちょっと取付く島がない。左岸のルンゼから高巻くがゴルジュ内にはさらに三つほどの登れそうにない滝が見え、まとめて巻いてしまい、立ち木から35mの空中懸垂。

釜持ち4mを二つ直登し、残置Bのある釜持ち7mは金澤リード。左岸よりに立て掛かる流木をからんで取り付く。クリップ手前でスリップ落ち、ショック!幸い怪我はなくリトライ。ボルトクリップ後のスラブのトラバースが立っていて悪い。離れた抜け口のスタンスに向かって横っ飛び。田中に「(中の川右股なんて問題じゃない)正に死のジャンプ!」と大いに持ち上げられるが、後で「必要ないわ!」と言われ凹む。栗山に「あそこで飛ぶのはすごい精神力」と誉められるが「さすが金澤さんだわ」と言われちゃ慰めになってねえよ、一段と凹む。

 

淵を越え4mは流水の裏を右に抜けて凹角を登る。滑と二段6mを快調に進み78m位の長さの淵を泳ぎ、24mと越え、4m左岸をへつる。ここまでは難しい部分がずっと続くというより、難しい部分を一つ終えると平易な部分を挟んで次の難所が、という感じで多少休める。

ゴルジュ内の12mの小滝をツッパリ交じりで登ると、見るからに険悪なゴルジュに出合う、多分C755。栗山リードで左岸の垂直な壁を左上気味に25m、残置に加えハーケン2本打つ。ザック吊り上げるも途中で引っ掛かってあがらない。ザックは宙吊りにしたまま、もう一方のザイルで田中がフォローするが、かなり難しいようだ。ザックは無事上がり、ロープ投げ下ろしてもらって金澤はトップロープ状態。「うぉ!一歩目から難しいじゃん、栗ちゃんも成長したもんだわい」。カンテ状を回り込むところで出所の悪いロープを振っていたらフォールする。ロープはランニングに通っていないので、落ちることより振られて戻れなくなることのほうが恐ろしく、必死にカンテにしがみつく。ハーケンは落とすし、またまた大いに凹む。

小さくトラバースして懸垂しようと下を覗いたら悪そうな滝があったので、さらにトラバース。小さなルンゼ状凹部を横断したところで22mの懸垂、一部空中になる。降りたのは770三股の右股ルンゼの下部。ここは絵に書いたような十字架型に直交する三股で、左股は釜持ちの三段滝になっていて、本流は岩盤。空も少し明るくなり、ここでようやくゆっくり休むことができた。

 

「これが一番の核心だべ」「まだ午前中だぜ、これなら楽勝じゃん」などとほざいていたが、さすがにそうはいかなかった。

強烈な水流をモロに受け止め、奇声とともに3mを突破。淵で水に浸かり3m右岸をへつると難しそうな釜持ち5m滝。これは俺だろう、と内心思いながらも「誰が行く?」と聞いてみると田中が「順番からいって、私でしょう」と(ラッキー!)。どうみてもトラバースなので「そんじゃ俺はミッテルね、栗ちゃんラストね(汚ネエ!)」、で右岸スラブを右上しサイドプルで落ち口にトラバース。ザックは三個とも吊り上げる。ミッテルは上下ビレイで安心楽チン。

狭いゴルジュを突っ張ると釜持ち4m。これは難しそう。腿まで水に浸かり左岸の残置スリングをアブミ代わりにしA0で突破。この上はフリーでも行けるけど、せめて後続には楽させてやろうと残置二箇所にお助けを付けてやる(俺はなんて優しいんだ)。後で田中に「あそこはロープ出すでしょう」と言われまたまた凹む。この後、田中のカメラが壊れたことが判明、「データが助かってればいいけどね、さっきのシャワーが動画で見たいんだわ」で今度は田中が凹む。

820二股を過ぎ、沢床が河原状になったところで先行Pのビバーク跡を発見。きれいに整地され、焚き火跡の灰にはまだかすかに暖かみが残っていた。これで核心は抜けたのか?「俺達って優秀じゃん」「これこれ、そんなこと言ってたらシッペ返し食らうよ」。そのとおり、まだまだこの沢は俺達を開放してはくれなかった。

この辺りから小雨が降りだした。沢が左に曲がるとゴルジュ状になり釜持ち4m、狭い淵を水に浸かって突っ張って、4mを越えると待望の850二股。しかし、ここで一同がっかり。設営可能な場所は一箇所のみ。沢

床とほとんど同じ高さで少しの増水にも耐えられそうになく、しかも、もし左股で落石が起きたら直撃コースになってしまう。ここまでなんとか持っていた天気も雨に変わりつつあり、この状況ではここにはとても泊まれない、と全員一致。この上にテン場はないかとザックを置いて100mほど先まで偵察に行くも適地はなかった。先ほどの先行Pの跡地まで戻ることも考えたが、時刻は午後130分で時間はまだ十分あり、「核心部は抜けたんだぜ、最悪でも稜線までは届くだろう」ということでテン場を探しながら先へ進むことにする。

最初から水に濡れ余裕がなく、遡行メモをセクションごとの記憶に頼って付けている状態だったが、雨の中、稜線まで強行することになってしまい以降の記録はない。

 

核心部は過ぎたと言っても水に浸かることから開放された訳ではなく、結構難しいものも二つ三つ出てくる。しかしこれまでの険悪さはなく、C950で沢が左に曲がるとさすがに函地形も緩くなってくる。上流部の小滝にはうっすらと藻が付き滑りやすいが、表面にポケット状の穴が多く登りやすい。1080m二股は共に20m以上の滝になっていて左をとる。この上にも20m位の滝がひとつあるが問題ない。沢が右に曲がると源頭となり、水が涸れるとすぐに沢型も消失する。おそらくC1300付近、濡れたロープに水が加わりザックが重い。

視界はあまりないが稜線まで長い藪漕ぎになることは確実だ。始めのうちは笹も低く何のこともないが、雨の中、急傾斜の薮漕ぎは必要以上に握力を要する。徐々に背丈が高くなり(と言っても胸丈くらいだが)ハイ松も混じってきつくなってくるが、頼みの鹿道は左右にトラバースするものばかりで、上に向かうものにはぶつからない。ようやく稜線の浅いコルに飛び出し、西の肩に寄った踏み跡上をテン場とする。テントの中に落ち着いた頃には雨足が強くなってきたが、明日から天気は持ち直してくるはずだ。田中の断酒もここであえ無く挫折する。

 

 ロープを出して登ったのは3回で、メンバーそれぞれ一回ずつリードを担当。高巻きは2回でいずれもWロープで空中懸垂になった。水量にもよるのかも知れないが、本当の意味で泳いだのは2〜3回で距離も数m程度、あとは胸まで浸かってワンストロークとか、はい上がって突っ張りって感じで、思ったより泳がずに済んだ。下部で1回だけ田中にロープつけて泳いでもらったはずだが、どこだったかなあ。強烈なシャワーが2〜3回あったけどはっきり覚えてるのはひとつだけ。ツッパリ登りはかなりあり、側壁がつるつるなので気を使う。立てかけるように流木が引っかかっている滝が5つ6つあって、少し楽をさせてもらった。ただ、傾斜が強く濡れているので流木登りが簡単だ、と言うわけではない。小巻きは以外に少なくせいぜい2〜3回。ほとんどは直登かへつりでこなしたことになる。残置ハーケンはけっこう多い。

 中の岳の沢は遡行の報告書を見ることがあまり無い沢だが、1日で稜線まで抜けた記録は見たことがない。勝因は天気予報が悪かったため、心理的に遡行を急いだこと、雪渓が皆無だったこと、水量が少なめだったこと。ロープを出したのが3回だけ、ということからも分かるようにパーティーの足が揃っていたこと。ルートファインディングがすべて一発で決まり無駄に時間を使うことがなかった、などによるだろう。多分、とても良いパーティーだったのだ、困難なこの沢を完全遡行できたことに幸せいっぱい、メンバーに感謝!

 

0510 発−0615 C6101130 C7701330 C8501700 稜線

 

 中の岳アタック後、ニシュオマナイの下降。この沢を降りるのは全員初めて。下降点を間違えると最後に高い壁にぶつかって下れなくなり、山腹をトラバースすると聞いていた。快晴なのでちょっと間違えようがない気がするが、「どのみち1時間の薮漕ぎ下降なんだろう?」と開き直って、確実に狙った沢に入れるやり方で薮漕ぎ開始。と言っても、そもそもどの沢を下るのか確信ないんだけどね。

 沢に入るとすぐに緊張するクライムダウンが続き、大きな落ち込みに近付くたびに「やっぱり間違っていたか」とドキドキする。正直言って技術のない一般登山者がロープ無しで降りられるレベルの沢ではなく、「山谷」の評価!には大いに疑問がわく。

 合流点手前の函で右岸の踏み跡に乗り、あとは山荘まで一直線。

体中筋肉痛だ、痛い足を引きずるように林道ゲートに向け黙々と歩き出す。長い!途中、薮漕ぎで酷使した手首の痛みに耐えかね、田中から強い痛み止めをもらう。ペラペラの私のスニーカーでは足の裏も痛くて、沢靴に履き替えたところだったのだが、薬が効いてきてそちらも何とか耐えられるようになった。次に来る時はゲート破りしようかな。アエルで風呂にはいり、中の川にまわって車を回収し、中札内の道の駅で打ち上げの宴会。実に充実した山行だった。

 

0520 発−中の岳−0625 下降開始−0840 C8701140 小屋− 1240 小屋発−1550 林道ゲート到着

 

参考グレード 中の岳の沢(南東面直登沢)      5級、

ニシュオマナイ川南面直登沢(下降)  2級

 

中の岳の沢は想像していたような強泳的な沢ではなく、むしろ登攀系の沢だ。ゴルジュ内も比較的明るく陰惨さも少ない。だが、悪名高き「中の岳の沢」という心理的な面を割り引いても、これまでの遡行経験の中では一番難しい沢だったと思う。遡行にはルートファインディング、登攀力といった基本的な能力に加え、ある種の割り切りというか思い切りみたいなものが必要な沢だと感じた。

                                  (金澤)